いつから飲まれていたの?お茶の歴史

いつから飲まれていたの?お茶の歴史


ホッと一息つきたい時や、改まった席などで出される飲み物と言えば、「お茶」をイメージするという方も多いと思います。このお茶、日本人には何となく馴染み深いような感じがしますが、一体いつから飲まれていたものなのでしょうか。ここでは、お茶の歴史について見ていきたいと思います。

お茶は紀元前から存在していた?!

お茶がいつから飲まれていたのか、という話については、実は諸説あります。その中でも有力だと言われているのは、紀元前2700年頃、中国雲南省西南地域の山岳地において初めてお茶の樹が発見された、という説です。
そして、漢方薬の基礎を気づいたとされる神農帝は、山野の野草や木の葉など、人間に合うものかどうかを実際に食べてチェックしていたと言われています。
このチェックのために1日に数多くの毒に侵され、その度にお茶の葉を食べて解毒したと伝えられており、もともとは食べる解毒薬や薬として使用されていたものなのです。

実際に、中国の唐時代に書かれている中国最古の勅撰本である「新修本草」には、お茶を薬として使用していたことが記されています。

嗜好品として飲まれ始めたのはいつ?

では、嗜好品として飲まれ始めたのはいつ頃なのでしょうか。
これについては、紀元前59年、前漢時代に書かれた「僮約」という記録があります。

この中で、使用人の仕事の中には、以下のようなものが含まれていました。

  • お茶を買ってくる
  • お茶の道具を準備する

このような仕事内容の記載があることから、使用人を雇うような立場にあった人々がお茶を飲んでいたことが分かります。

また、唐時代には、お茶の産地・道具・心得などが記された、世界で最古のお茶の専門書である「茶経」が存在していました。
この頃、お茶は中国の庶民の間にも広がりはじめたと考えられます。

そして日本へ

そして、中国で広まったお茶が、いよいよ日本にも伝えられることになります。平安初期(815年)「日本後期」には、遣唐使の一人である永忠によって、嵯峨天皇にお茶が奉納されたことが記されています。
この頃の日本では、主に上流階級の人々がお茶を楽しむようになったと考えられています。

1214年には、臨済宗の開祖である栄西が源実朝に対し、お茶の本格的な効用・製法などについて記している「喫茶養生記」を献上しました。この書物は、日本においてはじめの茶書としてとても有名になっています。
源実朝の二日酔いを治したのも栄西が勧めたお茶であった、という記述もあります。

鎌倉時代には茶寄り合いなども盛んになっており、南北朝時代に記されている書物には、銘茶産地に京都や伊賀、駿河などが挙げられています。この頃には、お茶を飲む習慣が貴族だけではなく、庶民にも広まったと言われています。
こうして広まっていった日本でのお茶文化は、足利義政の時代に千利休や村田珠光などによって確立されていきます。中でも有名な千利休は、一生をかけて茶道の発展に貢献し、多くの弟子を残したと言われています。
そして時は流れ、江戸時代中期には、今とほぼ同じようなお茶の製法が完成しました。明治初期には、日本を代表する輸出品にまで発展しています。

ちなみに、缶入りのお茶を世界ではじめて発売したのは伊藤園であり、1981年のことです。当時商品名は「缶入り煎茶」だったのですが、その後「お~いお茶」へと変更されています。ペットボトル入りのお茶も、世界ではじめて発売したのは同じく伊藤園で、1990年のことです。このあたりにあると割りと最近のことなので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

おわりに

お茶は中国で生まれ、紀元前から親しまれてきたものだということがわかりました。はじめは薬として食べられていたことは意外でしたが、現在ではお茶の成分に血糖値や血圧の上昇を抑制する効果があることが分かっています。ただ単に嗜好品として楽しむだけではなく、そのような効果がより高いお茶も、今後期待できるかもしれません。

参照元

http://www.marukyu-koyamaen.co.jp/about-tea/know-history.html
http://www.city.shizuoka.jp/deps/norin/tea/tea6.html
https://kyoeiseicha.co.jp/iroha/history/