紅茶が最初ではなかった!欧米諸国でのお茶の歴史

紅茶が最初ではなかった!欧米諸国でのお茶の歴史


イギリスなど欧米をイメージした時、何となくお茶ではなく紅茶が始まりのような印象をもっている方も多いのではないでしょうか。
ですが、実は紅茶ではなく、欧米諸国のお茶の歴史のはじまりとなったのは、お茶だったのです。

具体的にどのような流れでお茶の歴史が創られていったのか、見ていきましょう。

ヨーロッパ初のお茶は日本から・・・

16世紀半ば頃、欧米の貿易商が日本やアジアのお茶文化に触れたことがきっかけで、欧米にお茶が広まったと言われています。
この頃、ポルトガル人が、植民地マカオと日本とを行き来する中で、日本の茶の湯の文化を知り、お茶のために膨大なお金を支払い建物を建てたり茶道具を揃えること、作法などがあることにとても驚いたそうです。
これが欧米にお茶が伝わることになるきっかけになります。

17世紀に入ると、ヨーロッパにお茶が輸入されるようになりました。初めにお茶を輸入した国はオランダだと言われています。
長崎県に商館を設置した翌年から日本茶を輸入しはじめたと言われており、これがヨーロッパに初めて伝わったお茶(日本茶)です。

欧米にはじめて伝わったものが紅茶ではなくお茶だというのは、意外ですよね。

お茶を巡っての戦争も

実は欧米では、お茶を巡っての戦争も起きていました。
オランダが日本茶を輸入していた頃、東洋貿易においてはオランダが独占している立場にあり、イギリスはやむを得ずインド貿易に力を入れていました。
当時のインドにはお茶がなく、輸入することができなかったのです。

そこで1669年、イギリスはオランダに宣戦布告をし、英蘭戦争が起きてしまいます。
この戦争ではイギリスが勝利し、中国貿易で優位に立ったのですが、実際に中国から輸入したお茶が流通するようになったのは、15年後だったと言われています。
1720年には、イギリスが輸入独占権を獲得しています。

そして紅茶へ

イギリスの東インド会社は、福建省の厦門というところに基地を置いていました。
ここに集められるお茶は全て紅茶に似たような、半発酵茶である「武夷茶」と呼ばれるものであり、茶葉の色が黒かったと言われています。
このお茶がやがて欧米においてお茶の主流へと変化していき、製法に工夫を加えた「工夫紅茶」が開発されたことによって、現在の紅茶へと繋がっていったのです。

その後、イギリスは大規模な農法と加工法によって低コストで紅茶を量産することに成功し、市場での地位を上げていきました。

おわりに

欧米のお茶の歴史が紅茶ではなくお茶であり、それが日本茶だったというのはさらに驚きですよね。
イギリスでティーバッグの紅茶が誕生したのは、1896年と言われており、そこまで昔の話しではないような感じがあります。

知らないうちに「欧米=紅茶」というイメージをもっていただけで、もともとはお茶が起源になっていたのです。

参照元

http://museum.ichikawaen.co.jp/history/world.php
http://www.tea-a.gr.jp/knowledge/tea_history/
http://www.o-cha.net/